散らばる

 

なみなみと液体が注がれ、あと少しでこぼれそうなグラスをもちながら

どこに運べばいいのか見失ってしまう、そんな時が永遠かと考えたら、寒気が襲う。

 

これまで、なんどか転びそうになりながら、

慎重に回避し、時に大胆に運んできた。

ただグラスを落とさないために。

 

いままで、おそるおそる、なんとか運んできたが、

運んでいる本人がグラスにばかり気を取られ、グラスをどこに運ぶのか、

ここはどこなのか、気が回らなくなってしまっていた。

 

そんな状況が続いて、さすがに明りも消えてしまってはなにも見えず、

道だと思っていたところが一瞬にしてただの地面となり、

いまわたしはどこを歩き、どこへ向かえばいいのか、

さらにわからなくなり、グラスも落ちた。

 

びしょびしょの床とガラスの破片に、

わたしは何を想っているか。

 

後悔?責任感?解放感?自己嫌悪。

 

こんな苦しい状況から、誰か助けてくれないか、

誰か連れ出してくれないか、いや、連れ出さなくてもいい。

せめて、明りをつけてーーー。

 

そう思った瞬間、わたしは思いだした。

この空間には、なみなみと液体を注がれたグラスを持っていたのは

わたし一人だったけど、人自体は一人じゃないことを。

 

思い浮かんだのは何人かいた。

だけど、今すぐ会いたいと思うのは一人しかいなかった。

咄嗟に声を上げた。

「お願い、明りをつけて、グラスを落としちゃった」

 

明りがついた。

そのせいで、涙でぐしゃぐしゃに、

こぼした液体でびしゃびしゃになった

情けない姿のわたしが明るみに出る。

暗闇で見えなかった道は、案外広く、平らだった。

少し、頭を使わないと歩けないけど、そんなに難しく無い筈だ。

どこでわたしは、道を狭く感じてしまったのか。

 

明るくなった空間に、その人の声が響く。

もはや懐かしく、愛おしい声には、やさしさが宿っていた。

その声を聞いて、涙が溢れる。

 

恥ずかしいよりも先に、謝罪の言葉が出た。

その言葉を聞いているのかどうかは不明だが、心配の声。

それを聞きながら、さらに涙が流れ、お礼が出た。

 

一人じゃない、味方がいる、その事実がどれほどわたしを救ったか。

わたしが慕うその人は、一緒に落ちたグラスをみて、

一言も咎めず、辛かったねと言いながら、破片を拾ってくれた。

こぼれた液体を目にして、その人はモップとバケツを持って来てくれた。

やり方を説明してくれた。あとを掃除するのはわたしだよ、と伝えながら。

 

こんなにこぼれた液体を、もう一度拭いて、注ぎなおすか、

モップでみんな拭いてしまって、コップに程よく注ぎなおすか。

 

深夜に誰もいないとおもった空間は、案外人がいた。

その人は、ゆっくりと時間を使ってくれた。

わたしを認め、否定せず。その人のお蔭で、わたしは破片で傷つかずにすんだ。

 

破片をだいたいひろった後、一度無視して、空間を出なと言ってくれた。

お蔭でわたしは、一度外の空気を吸えた。

 

破片を集め、深夜に見る。

新しいグラスにどのくらい注ぐべきか、まだ悩んでいる。

何故悩むのか、分からないでしょう。

 

沢山注いだグラスを運び終えた感覚は、運び終えた者にしか分からない。

でも、それは、運び終えることが出来た人のみが感じることができる。

 

わたしは運ぶ力があるのか、わからない。

 

液体はそろそろ拭きに戻らないといけない。

注ぎなおす作業もある。

 

ほかにもたくさん、たくさん。

 

ただ、一人じゃない。それだけがわたしの救いだ。

 

コップを落としたことに対して、

批判的な視線も感じる。

甘えるな、そんな自分の声も聞こえる。

 

はたまた、自分の声が、自分の首を絞めつけることもある。

 

この空間にはあと半年しかいることができない。

 

あと半年で、どれだけ後悔なく生きて行けるのか。

 

どれだけのことがなし遂げられるのか。

 

前を向かなければならない。

感謝の気持ちを忘れずに、一人じゃないことも忘れずに。

 

さようなら、昨日までのわたし。

もう回復できたでしょう。明日から、もう少しの辛抱。

 

あなたにはあなたのできること、やりたいことを。

 

namly