0→1

 

 

昨日は祖母の死について記した。

祖母の死に際し、久しぶりに地元に帰り、地元の真冬を体感し、こんなにしんどかったっけ、と再確認させられる。

 

お葬式には自分の知らない人たちが、祖母という繋がりで沢山いた。みな親戚であったり親しかった人たちではあったが、わたし個人としてははじめて会う他人に等しい。

 

個人でいる、ということに慣れすぎてしまっていたわたしは、久しぶりに家族の○○、という役職におさまることをした。

都会では、というより、上京している学生として、働いているとき以外は所属で認識されることが少ない。バイトも単発でしてるわたしは、尚の事わたしという個人でしか生活していなかった。

 

田舎ではそうもいかない。○○の家族で、孫で、娘で、長女で、東京にでて○○大学にかよう人間Aとしか認識されない。

これは田舎というより、久しぶりに近所づきあいをしたということもあってだと思う。

 

正直なところ、わたしがわたしである意味とはという、人類がずっと考えて答えを出せなかったところを考えてしまった。

みんなそこを受け入れて、生きているんだと思う。

女は働いてもいいけど家庭にはいり母となり支えなければならないという一通の世代もまだ全然存在するし、同世代でもそれを考える人は男女ともにすごく多いことも知っている。

難しい。自分もそれを理想とすることもわかるし、それを理想としていたこともあるからだ。

 

なんだか難しい。

 

受け入れることを見下してなんかいない。それをわかっていて生きている人たちはそれはそれで本当に美しい。わたしには素直にできない。どっちの立場にも立てない。それが空しいのだ。

 

昨日東京に1週間ぶりにかえり、東京を歩く。やっぱり楽だった。でもこれはすこし甘えだということも知っている。

 

東京に帰って、リセットしてしまった気持ちや習慣、仕事を全て再開しなければならないと思っていた。

コンビニで甘いものを買って、渋谷に向かう。

早めに学校に行って、ため込んでいた仕事をやり終え、これからのことを整理し、報告し、やらねばならない作業に着手し、予定を確認した。

研究会にもちゃんと行きお土産をわたし、挨拶をしたあとしっかりと作業をした。

終わった後は研究会の人たちと飲んで、帰ろうとしていたところにちょうどよく友達と出会い、終電まで飲んだ。

 

今日はたくさん詰まっていた。

やることに向き合って一つ一つ整理するとやっぱりちゃんと見えてくる。

 

嫌なことも忘れていく。あの時の怒り、悲しみは自分の作業や楽しいことに呑み込まれていく。怖いのは、作業によって怒りや悲しみが増長されてしまうことだ。

そのコントロールが今後の課題なのだと思う。

 

最近0→1ができない自分を少し認めて素直になることができた。

1→100はできると思っていたから。

でも意見をもとめられることはやっぱり苦手だ。他人を前にして自分の意見を言うことに完全になれていないから。

変な話、それでもいいとおもっていた。

でもやっぱり駄目だった。研究会でいつも自己嫌悪に陥る。

自分はここにいる意味があるのだろうかと思う。

意味なんてとおもうが爪痕くらいは残したい。自分をもっと苦しめて、強くなって対峙したい。その気持ちはあるのに追いつかないから。

今後必要なのは、恐れない心と発想力だ。

他人をあたたかくみとめ、やさしくなれば恐れなくなると思う。

わたしは少し他人に厳し過ぎると思う。それがゆえに自分が何も言えなくなってしまう。

自分の発言や態度によって、自分の首を絞めていることに、ちゃんと気付いたのだ。

 

これだけでも、今日は励みにしたい。

甘ったれていてはいけない。この年は、0→1を目指したい。

最近やっと、悔しいと思うようになった。悔しいということはエネルギーになりうる。

 

いろいろ相変わらず併行しているが、全力を尽くす。キャパは常にギリギリだけど。

 

namlyman