とまらないのかもしれない。

 

昨日もなぜか夜遅くまで起きていて、数日間勉強もしていないのに寝不足が続いている。

映画の期限のせいではあるのだが、あまりに無意味な寝不足過ぎて少し反省。

一つの授業でまるまるぐっすり寝てしまって、本も読んでいなければ、要点の整理も振り返りもレポートも書いていない。

 

こうやってまとめるとひどい。冬休みの貯金は今週一週間ですべて尽きる(テストの準備をしていないため)のに、やばすぎる、休日にかけすぎていることを自覚。

 

今日は眠かった。久々に演習の授業があって、一年間ともに苦しく楽しくやって来た人たちと話をしたら楽しかった。

 

最近は演習の時間も、女の子と男の子の中間にいたくて、というか、みんな悪い人たちじゃないし、おなじことをやっているから楽しいし。ただ、性別というのはやっぱり難しいなと思う。

最近ジェンダー論について勉強した。そのたぐいの書籍を春休みに勉強がてら読みたいが、男と女は違う生き物として捉える生き方ではなく、人間としてどう生きるかを考えたい。

結婚や恋愛も人生に於ける大きなテーマであるとおもうし、かなりの人間が経験していることだけど、それはしていないと社会的に恥ずかしいことなのか、淋しいと決めつけていいものなのか、特に女性は、結婚していないことにたいする風当たりが強いように感じるけど、でもそれは、自分が女という分類に属していて、女としての思考が無意識のうちにインストールされているということを考慮に入れたらそう感じるのもっともなのかもしれない。

わたしは今のところ好きになった人は男の人しかいないが、魅力的と思った人間は男女関係ない。さみしさを埋めてほしい気持ちも十分に持っているが、魅力的なひとと一緒にいたい。

 

多くの人がが恋愛と結婚を人生の重要度として高い位置に挙げているから、自然とわたしの行きたいようにうまく交友関係がうまくいかないときもある。そういうときに、恋愛することは人間としてのステータスなのかとも思う。

正直恋愛をしたいというより、本気で向き合える誰かを求めているだけな気がする。

恋愛をするしないを自分が決められる立場というより、できないということからくる反発なのかもしれない。

社会に存在する女性としての生き方にあてはまりたくないという意固地な自分がいるからかもしれない。それはみんなが白い服を着るからわたしは絶対に白を着ないという反発反応なのかもしれない。

わたしはがん細胞になりたいだけなのかもしれない。スイミーにおける黒いさかなに鳴りたいのかもしれない。

多くの中の一部、女の中の一部、学生の中の一部じゃなくて、わたしという一個人をそのまま発見して大事にしてもらいたいのかもしれない。

これはわがままなんだろうか、変な人が考えることなんだろうか。それはすなわち恋愛がしたいってことなんだろうか、わたしは結局、対人関係をどうやって築いていきたいのだろうか。

友達と恋人の違いも、尊敬する人も良くわからない。

沢山寝不足のなか考えて、今日一日を振り返ったらまともに死にたくなったから、今日はいつも一人で行く最寄駅の喫茶店にいった。大好きな喫茶店。

今日もチャックベリーやオーティス、サムクックとか、ロックンロール系、ソウル系が流れている。つらいとき、この喫茶店できくこれらがどれだけやさしくしみわたるのか、歌詞を知らなくてもわたしはそれだけは誰よりもわかっている。

自分と長いこと戦ってきたので、自分をいたわることはプロなんだ。

すぐ回復して、ねじれたコードのような思考をほぐすことができた。

あいつはやっぱり上手だなあと思った瞬間、わたしは諦めなきゃいけなかった。戦わない選択しはなかったのかもしれない。

 

面倒なことに向き合う時、躊躇ってやめることができるようになったのは、上京してからだ。折り合いをつけることとか、ちょこっとだけ学んだ。

でもそろそろ折り合いをつけることにも疲れて来た。

思うところはたくさんある。今日はもう眠い。早めに寝て明日早く起きて行動しようと思う。勉強もしないとな。ちょっとだけやって、休日にタスクを終わらせるための準備を少しして寝たい。

おやすみ

 

namlyman