感性の貸し借り

 

昨日はただあったことを書き留めることに精いっぱいだったなと思う。

今日も派遣で働いたが、朝が早く眠気との戦いだった。

昨日はあの後、ゼミの人から借りた「リアリズムの宿」を観た。

間や引き際がうまく操作されていて、この内容が何となく面白く感じるのはこういうところなんだと感じた。

人からなにかを借りることがだいぶ少なくなってきて、久しぶりに誰かと作品を共有して、幸せな気持ちになった。

そう言えば中学あたりから、人にものを貸すことが億劫になった。

貸し借りをキチンとしない友達が多くて、これまでの自分の真面目さの琴線にしっかりひっかかり、嫌な気持ちになったからだ。今でも思うが、かりたものを返さないやつってどういう教育を受けて来たんだ。許さないぞ。

怒りをあらわにして見たところで、

ここから貸すという行為がひどく神聖な気がして、相手がそんなつもりはなくても、うれしくなってしまう。

高校生になると自分の好きなものを友達と共有すること自体がなくなった。

友達から何かを借りてすこしハマってみることはよくあったけど、自分の本当に好きなものは、いつだってわかってもらえない境地にいた。この言い方はとっても嫌味な言い方だし、嫌味なやつなんだと自覚している。

そんなこんなで、大学になんかきたら、時代はどんどん進化していて、貸し借りという行為抜きに何かを簡単に共有できるようになった。

CDや本ももう5年は誰かに貸していない気がする。だって、AppleMusicとか、Youtubeとか、たくさんあるし、最近は映画もみれちゃう。

しかもスマホで完結できる。映画館も5回に1回くらいしか人と行かないし、家でDVDを見るときも人と何かをみることはあんまりない。

こんなにながながと貸し借りについての考えを書いてみたが、つまるところは、久々に人から好きなものを貸してもらって、ちゃっかりどきどきしている。

急に、そしてすごく自然に仲良くなって、ここ3週間のうちにだいぶ関係が近くなったが、本当に不思議なくらい自然と近づいている。

21年間思い出してもなかなかこんな距離の縮め方はなかった気がする。

お互い誘った方がどっちかもよくわからないし、どっちが距離を縮めたのかよくわからないのだ。

男女関係とか、友人関係とか、どっちでもいいけど、このひととは関係を崩したくないなと思った。どんな関係の形であれ、近い距離にいれたらいいなと久々に自分から思った。

自然となるようになるといい。幸福な出会いだなとおもった。

こんなことを思っているのがわたしだけだったらちょっと悲しいけど、そこは全然わかんない。

恋かどうかと聞かれたら微妙だけどもっと仲良くなりたいのは絶対。

高校生のころ以降、まともに恋愛をしていないで中途半端なものばかりを積み上げて来たが、今回はその中途半端カテゴリに収めたくないな。いやあの、恋愛に発展させたいとかじゃないよ。何度も言うけど。

ほんとのところはどうなんだろうね。

 

namlyman