明日なんてだれが

 

今日の天気のように、目が覚めてからどんよりしていた。

最近早起きだったから、目が覚めるのは早いけど、今日は何にもないし、力強く早く起きても、約束もお金もないし。なにより天気が悪いし家にいるだけだし。

お金がない事を言い訳にしたくなかったけど、お金がないって何もできない。

 

昨日のどうしようもない気持ちから引き継いで、今日もどうしようもない。

目が覚めて今日は会えない旨のLINEを貰った。

酔っぱらったときにこっそりつないでくれた手のぬくもりを今もちょっと思い出す。

あの頃から変わらない関係で、形容しがたい気持ちを見ないようにしてたけど、不思議な気持ちだ。いくら小説を読んでも、エッセイを読んでも、文学理論や哲学について考えたり、フランス文学に傾倒してみたり、映画をみても、なんにも満たされない気持ちに陥っていく。

起きてどこに行くわけでもないし、誰かに逢うわけでもないのに、化粧をして着替えた。今日も会いたい人には会えないまま過ぎていく。

朝ごはんを食べて、紅茶をいれた。

PCに向かって思いついた言葉をタイプしながら、誰かのことを考えて、LINEが来たら返信するし、メルマガがきたら中身を見ないまま削除する。

今日のお供はあったかいルイボスティー

Twitterやインスタで情報収取しながら、正確には情報を眺めながら、ルイボスティーってあったかいのもいけるんじゃんと偉そうに思う。昨日のタモリ倶楽部ぷっすまの録画を見ながら、さみしさと自己嫌悪と、戦っている。

 

昨日いつか父にお勧めされた、「愛と青春の旅立ち」をみた。

素晴らしい映画なんだと熱弁された。定番の80年代映画で、格差も差別も嘲笑も全部あって、その割にありきたりな話で。リチャードギアはすごくかっこよかったけど、自分勝手な男で、いけすかなかった。ちょっとエッチなかんじでどきどきはしたけど。

男の人が見るからいいんだよ、男の人の夢見る青春恋愛映画だった。

なんともいえないけど、

たとえば、岩井俊二を好きというサブカルな、わかってるふうの人はたくさんいる。わたしはそういう人に話を合わせながら岩井俊二なんてさっぱりわかんないし、結局雰囲気じゃない。と心の中でケチをつける。ああいうひとって、ああいう雰囲気を感じない人を見下すんだよね。そうやってケチをつけながら、今日も雰囲気に物言わせた映画を観る。

結局のところは、わたしは世の中のだいたいが気に入らないし、むかつくし、いけすかない。最近小説を出したほんわかファンタジーバンドの女の人も、電車の広告をみていけすかないなと思う。

「明日はきっといい日になる」なんて、どれだけ無責任だろう。

最近のロックバンドだって、当たり前のわかりきったことを歌詞にして、わかるわかるって、3歳児が読む絵本や教科書に載っていることはロックじゃなくたって知ることができる。ロックってなんなの?音楽のちからってなんなの?

歌詞がいい!なんて意見、それは間違ったことを言わない歌詞でしょう?

今日も元気に生きていこうなんて歌ばっかり。楽器どんちゃかならして、やかましい高い声で伝えたいのは、そんだけですか?校長先生の話聴いていた方がよっぽど素敵だよ。

女子高生の大半は今の女優のようにかわいくないし、かっこいい若い先生となんて付き合えない。若い先生なんて、実際全然大人じゃないし、中身なんてしょうもない。出会い系サイトで女子大生つってみたり、パンツの中身を見たりする

先生たちなんて、学校っていう狭い社会で、一生学生と触れ合うから若い気持ちなのかもしれないけど、学校の先生たちの提示するルールのどこにしっかりと裏付けされたルールがあるのだろう。なぜ生徒は何も怒らないで従うのだろう。

会社や学校のために生きる人は、平気でかいしゃの名前をつぶさぬように組織に演じさせて、ままごとみたいなルールを押し付けるけど、そんなルールを通さないと人って見えないのだろうか。

そんなくだらない風習を伝統という安易な言葉で押し付けないでほしい。

リクルートスーツをきて、髪の毛を固め、ナチュラルメイクをし、パンプスをはき、御社は、わたくしはとうそをいう。

どうやったらこのいけすかない世界から逃げ出せるんだろう。

最近はずっと怒っている。抗議している。わざと人がいるところで。電車内だったり、街だったり。誰かきいてくれないかな。とおもって。

 

namlyman