theenamlyman

 

「theenamlyman」

ナムリーマンと読んでみる。theeは、ミッシェルガンエレファントの大ファンだから。

これまで使用してきたHN、IDとは全く違う。

これまでの自分の法則性に全く則っていたくなかった。

生まれたてになる。

さて、

ブログを開設した。

最近気持ちは言葉にしないと誰にも伝わらないということを意識する。

でも言葉は伝える以前に、理解するためにあるものでもある。

他人にでもわかる言語で表すことが、気持ちが内から外に出た瞬間であるということはきっと間違えていない。

言語化できないけど、ということもある。ただ、誰かの言っていたことがちょうど自分の気持ちだったかもしれないというとき、乗っかるのは簡単だけど、そこに信ぴょう性はない。

自分の気持ちを自分の言語でできるだけ正しく翻訳していくことは、頑張らない上達しない。

誰かに言いたくて、と自分の気持ちを理解したいという気持ちがちょうど半々。

 

このブログはそのリハビリだとおもって、たくさん気ままに、特に決めごとをつくらず書いていく。書くという行為をバカにはできないと最近気づいた。書くことは生きること。諦めずに、油断せずに。

最近は何か言葉をかきたくて仕方がない。

表現がしたくて仕方がない。喋るのも好きで、ずっとおしゃべりをつづけていたが、今度は書くことも止まらない。

 

わたしは幾つか書くときに決めごとがある。

インターネットが小さいころからあって、デジタルネイティブという立場らしい。

そのせいか、紙にペンで書くより、自分の気持ちはキーボードで表して来た。

気持ちは液晶の中に広がるインターネットの海に投げ出される。

その海は広大で、自分のアイデンティティを創り出せる空間だけど埋もれやすい空間でもある。沢山の言葉がはびこる中、自分にしかわからないルールは必要と認識している。

 

・一人称は「わたし」

・意味不明な自作肩書は作らない。「大学生」

・男か女かすらどうでもい。誰を愛するかは関係ない。

・誰を憎むかも関係ない。文句も愛も遠慮はしない。

・漢字を無理やり使わない。

・言語化を諦めない。

書き表してみたけど、難しいことじゃない。

 

そしてわたしは、装飾・カスタマイズが苦手だ。あまりレイアウトは凝らない。

とりあえず書いてみた。実は20歳を超えている。大人になってからわかったことが多い。考えの軌跡ができることを願って。

力をぬいて書いていく。

 

namly