存在

 

 

最近、すこし就活が落ち着いて、大学の授業が始まって、卒論に取り掛からないといけなかったり、久しぶりにあう友達と過ごす生活が楽しかったり、少し忙しくなった。

 

なにごとも余裕がないと計画もできないし、余裕がないと視野が狭くなって苦しくなる。このバランスはいつまでたってもうまくいかない。

 

いくつか書類が通り、面接がはじまり、もうとにかく進むしかないなと思う毎日で、学校はやっぱりたのしくて、久しぶりにあう友達もなんだか色々抱えてる。

毎日人間と関わりがあるのはとてもいいことだし、同じ人間とばかりいるのもマンネリがあるんだと実感した。

 

学校が楽しいとはいえ、就活も決めなければならないし、卒業のための単位もとりきらないといけないし、卒論の準備は本格化して、スケジュールをみて真っ青になったり、働いていない分お金がないし、研究会も結構詰まっている。恋愛もうまくいってんだかどうだかわからない。

 

結局のところ、文学も他人の気持ちもいっさらわからないということがわかったという大学生活になりそうな気がする。

 

最近、恋愛感情に振り回されることがいかに多かったかを反省して、できるだけちいさなところからやることはやるということを実践している。

というのも、卒論の準備である先行論文を全く春休みに読んでいなかったから、読み始めるには遅すぎる時期までのうのうと来てしまったということに気付いたからだ。

 

他の人の作品も読み込まなければならないし、論文もまとめ、発表準備、就活、研究会…。言い訳をしてやらないことが一番嫌い(出来るとはいっていない、あくまで取り組む姿勢として)だけど、言い訳にしたい気持ちもよくわかる。

 

これだけつらそうなスケジュールをみたら、自分の計画性が試される気がする。

 

先行論をまとめるにしても、これまで100本をゆうにこえる作品を扱ったことがないし、なにしろ先生にも褒められたためしがない。

けなされてばかり。わたしは褒められて伸びる子なのに。

毎日褒められて、やさしくされて、赤ちゃんのように微笑みかけたい。

 

やってあたりまえのことも、あたりまえのこともできない人たちが多すぎる世の中なんだし、当たり前なことは肺呼吸くらいにしておこうよニッポン。

 

褒められたいときは褒めてほしいっていえばいいし、好きなものも嫌いなものも主張すればいい。わたしたちは社会の歯車と言われると険しい顔をしてしまいがちだけど、大体の人間は今死んでもとくに世界は止まらないし、せいぜい周囲の人が悲しんだり喜んだりする程度で、うまくまとまっていくもんだ。

歯車になれるということは実はとっても誇らしいことなんじゃないかと思う。

 

就活をしていると、歯車でしかない自分がいやで、という転職を経験した社会人がいうことがある。歯車になることすらわたしたちは許されていない。

みながなにかに歯車としてハマっていたくて必死の世の中なのだ。

 

かくいうわたしも、何かの歯車でありたいし。

 

よく頭のいい大人が教えてくれる。

自由とは、ほしがりがちだけど、制約があるから自由はあるということを。

境界線を引くから内部と外部ができることと同じで、なにもないところに自由が生まれることはまずない。

 

わたしたちはいま、必死に所属する制約をきめるために沢山の人間に、花粉症のひとに売り込む空気清浄機のようにPRをする。

売り方や戦略がうまいひとはもう決まっていたりするらしい。

 

幸いまだわたしは恋愛が辛いと思う程度には焦っていない。

 

これからわたしの制約はどう追加され、消され、ひきなおされるのだろう。

どんな人たちと一緒にいるのだろう。

このままでいたいけど、これは刹那。

 

永遠なんてない。わたしはいつかババアになるが、過ごし方でハイカラなババアになるか、羅生門の老婆のみにくさで死んでいくのかもしれない。

イカラなババアになるために、とりあえず苦労は重ねておきたいと思う。

 

今日もなんだかよくわからない一日だったけど、明日からも作業、作業、作業の毎日。

束ねた気持ちを大事にして、おやすみなさい。

 

 

naml

 

変化

 

 

今日、眠くて眠くて、11時間も寝てしまい、もうなにもやりたくなくなって、何もしなかった。

おきてだらだら母が昨日買っておいてくれたコッペパンを食べ、だらだらとPCでネットサーフィンをしていた。久々に使う単語だ。

最近ラインを返さなくなってしまっていたので、別に用事はないけどなにか喋っていたいという軽い連絡を取り合っていた友達たちは電話をしてくるようになった。

確実に相手にしてほしいときは、やっぱり直接あうか電話なんだと思い知らされる。

 

一番連絡を取りたい相手は、なんだか昨日1歩進んで2歩下がった感じがする。どうしたものか、不思議。自分の気持ちが少し変化していくだけで相手がそんなに態度を変えなくてもがらっとちがう人のように感じてしまう。

わたしが変ってしまったのか、相手が変ってしまったのか、とうとう見分けがつかなくて、混乱しながら昨日は一人で寝た。

 

でも、互いに変化しているんだと思う。人間はとまったままではいられない。電車で同じ方向に進む向かいの車両は止まっているように見えて、実はどっちも動いているという感覚に近いのかもしれない。

 

電車と歩く向きが違う時、たくさん歩いているのに、一歩も進んでいないように見えてしまう。こういうことなんだと思う。

 

一緒に映画をみて、感想を言いあえて、ここがよかった、最高!って興奮のままいえるのは、すごくすごく幸せで、でもなんでこんなにわたしはわがままなんだろう。

 

かれの夜を終電までもらったのに、ずっとじかんがほしくて、一緒にいたくて、悲しくなってしまう。どうしようもない気分になってしまう。

 

かれがわたしだけをみてくれればいいのになんて、思ってしまうのはいつ振りなんだろうか。術中にはまらない、といきごんでいても、無理なものは無理だった。

わたしはわたしの思い通りにならない、変な男を好きになってしまうから、いつもうまくいかないし、関係性に名前がつくことを恐れてしまうし。

絶対にわたしだけをみてくれない人に、いつもわたしだけを見てと願ってしまう。

なんと物悲しいルートなのだろうか。

かれとあるく時間、一緒に飲んでいる時間、わたしに合わせて煙草を吸う時、絶対にライターを借りたり、ベランダで煙草もとっくに吸い終わっているのに二人でだらだら話してしまって身体が冷え込んだり、合わせてくれていた歩幅、荷物を持ってくれたり、映画中ねても怒らないでくれたり、わたしのことを女の子と時々形容することだったり、わたしの不器用でなさけないところも笑ってくれたり、わたしの知らないことを教えようとかっこつけてくれたり、真面目なようで不真面目で、理屈っぽくて、趣味の押し付けが激しいから見れないっていってもお勧めしてくるし。そのたびに我慢してみていたら何となくへいきになってしまったり。

溢れるきもちを全部ことばに当てはめたら、切なくなった。こんなに恋愛漫画にありそうなのに、自信はないし、わたしはなにより何もしてあげられていない気がする。

初めてちゃんと遊んだその時にわたしの家で映画オールナイトをしたとき、見終わった朝、外も明るいのに、恋愛の話になった。昨日も久しぶりになった。お互い次をほのめかしたり、カップルのように見られていることは自覚していながら、次に進まない。

 

進む勇気がないのなら、わたしが踏み出してあげてもいいと思いながら、そもそもかれはこんなこと誰にでもやっていて、本当にわたしなんかどうでもいいと思っていたりするのではないかと悲しくなる。

 

3回目のデートのとき、連絡遅いよね、と言われ、遅いよ、と正直に答えたからかもしれないし、わたしが慣れたり、返せないことがあるからかもしれないけど、ちゃんと帰って来るようになった。

これがいい傾向なのか、それとも本当にわたしが映画ファンとして誘っているとでも思ってるのか、もう訳が分からない。かれは自分を鈍いと自覚しているけど、見ないふりをしているだけの気もする、というか、実は人一倍人間の気持ちに気付いてしまうタイプの人間のような気もする。

 

そうやって一人の異性にたいしてこんなにたくさんの想いを感じていたら、

気付いたら家を出なければならない時間はとっくに過ぎていて、しかも迷ってしまって、今日あった打ち上げに幹事のくせに遅刻した。

久しぶりに会う人たちはやっぱり本当に寄せ集めだったはずがあたたかい集団で、少し泣きそうになった。

 

良くも悪くも直球で会話をする人たちの美しさに、胸を打たれ、最近は、土壇場に、雑に、ありあわせのもので取り繕って、たいしたことない自分になって失望するということを繰り返していた自分には、沁みすぎて、楽しかった。

美しい時間だった。

と同時に、もうあの頃の一体感も薄れているんだという変化も感じた。

でもこれでいいのだと思う。

いつかまた巡り合って、どこかで出会い、記憶のなかに埋もれていく。存在する以上、可能性だけは常にある。

生命あるものは時と共に必ず変化する。

変化ない生命などないし、変化がないということは、どこか違うところで変わっているのだと思う。

 

変化は生の証で、対応して行くことも生、逆らってあがくことも生。

うけとめ、川の流れに巻き込まれる石となることも生。

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写真はこんな気分のときにとった、パンダ狩り。

上野、いきたい

 

naml

 

 

 

 

最悪な酔っぱらい方をしたとき、無理やりはいてみると、だいぶ気分がすっきりすることがよくある。

 

そんなかんじで、前回無理やり記事をしたため、公開することによって、サイアクの気分から回復してきた。

 

やはりむりやり重い腰をあげて行動することが一番の特効薬であることを思い知らされた。

とはいえ全部が全部回復し、元気もりもりかと問われたらちょっと違う。

まだまだ凹みまくりだし、いらいらももやもやもする。

ただ、行動くらいはできるようになった。

 

桜もだいぶ葉桜になり、花見は今年もしないまま終わってしまった。

 

上野、行きたかったな、誘うタイミングを平気で逃してしまう。

 

最近、ハイヒールをよくはく。

 

ハイヒール、あこがれの履物で、大人になったら絶対に履きたいと思っていた。

 

足のサイズが女の人のわりにすごく大きくて、サイズがなく、ヒールどころか靴を買うことはいつもだいぶ困る案件ではあったけど遂に採寸をしてもらった。

 

脚にあう靴はこれほどまでに心地いいのかとものすごく感動してしまった。

こつこつと靴音を鳴らして歩くのは、嫌がられると知っているけど、とても気持ちがいい。これはなんかの感覚にあるなと思った。

 

最近、ずっとうつっぽく、なにもできなかったが、しっかりと予定をこなし、考えすぎることをやめ、全てを認めて生きることに尽力した。自分らしさを保つために尽力するなんて変な話だと思ったが、そうすることを怠るとさらに進行するだけということはこれまでの人生でわかっている。

 

とにかく就活から距離を置いた。とにかくいまくよくよしても仕方がない。書類をかきたくないだけなのに。これでも少しは通っていることがもうよくわからない。読んでいるのか?といらいらする。

 

研究会の〆切がちょうどよく入ったり、人とごはんにいかなければならなくなったり、おかげで数日間、すこしいつも通りの生活をした。

 

研究会の〆切のために朝から図書館で調査をし、よるご飯を食べる、久々すぎる。

 

そしてついに昨日は朝から研究会でどたばたした以外に、学校に沢山の人がいた。

いつもさみしかった学校に人がいることは少しハッピーになった。友達にも会え、学生証は4年生仕様になった。

 

飲んで帰って、疲労がたまっていたが、映画を見た。

予想外にいい描写で、予想外に切なくて、全然なくつもりなかったのに泣いてしまった。

昼頃まで寝て、友達と電話して、外で履歴書でも、と思っていたら、急にテストを享けなければならなくなり、テストを受けるために中野へ。

 

中野でテストをすませ、このまま帰るのもなと思い、はじめて中野ブロードウェイにいった。

 

独特の雰囲気ながらも、まず中野らしく広いし、人種もすごい。

 

まんだらけの海馬コーナーはやっぱりおもしろくて、買い物をそこそこしてしまった。

映画のお店をみつけ、大好きでずっと探していたパルプフィクションのパンフもみつけた。そんなこんなですこし出費をしてしまうけど、すごくたのしかった。

 

夕飯は、母と妹としゃぶしゃぶをした。

たくさんたべて、案外回復している自分に気付く、というのがなんとなく感じた流れだった。

すきなことでばたばたしたり、余計なことにくよくよしないだけでこれだけすっきりできるなんてとおどろき。

 

これからのことはちょっと考えものだけど、今日はいろいろ頑張った。

 

明日はデートのつもりの夜がある。連絡が待ち遠しくなって、もうねちゃう、とせかしたら、すぐかえってきて嬉しかったり、最近はそういうこともあったり。

 

なんだか空気が入れ替わったら頑張れそう。

 

やんなきゃいけないことの量はかわらないけど、為せばなる。明日今日残した分を取り返していくために、頑張らないと。

 

おやすみ

 

namlu

吐瀉

 

 

だいぶ久しぶりに更新する。

 

祖母の四十九日も終わり、ひょんなことから参加した演劇の公演も終わり、あれだけ嫌がっていた就職活動も始まり、みんな外面を作る準備をしていた事実に気が付く。

妹が上京してきた。一人暮らしも終わった。引っ越しでだいぶもめて、家族のやさしさは当たり前じゃないと散々説教され、価値観を無責任に作っておいて人間になる姿にげんなりしたかったが、恩恵を受けている以上、なにも言えないという立場が辛い。

もう家族のことも疲れてしまった。

 

とにかく自立したい。

人に援助してもらわなければならない立場を早く脱却したい。

援助されずにいいものを身にまといたいし、交友関係も築きたい。

良い食事も酒も楽しみたいし、旅行にだって行きたい。

 

外面がいいし、内面もいいとまわりに自画自賛しまくっていたが、本当は自信なんか全然なくて、そう言わないと精神が保てない。

 

毎日絞り出すように、外向きで下からの文章を書いては消し書いては消し、どうせ受け入れてもらえないと思いながらリクルートスーツで行ったことのないビジネス街にいき、外面だけ優しい余裕のある大人たちに適当なことを言われる。

 

なにも信用できないし、なにもうまくいかない。この状況が気に入らなくて、不安で、社会から取り残されそうで、仕方がない。

きっとそれが顔に出てるし、態度に出てて生活に出ている。

 

最近は連絡も億劫で、大切な人からの連絡や、大事な連絡すらも無視してしまう。

沢山の迷惑をかけてなにがしたいのか、自分でも分からない。

通知が残っているのがきにくわなくて、きたらすぐ返していたLINEやメールを、今は平気で何十件もためてしまう。LINEをすぐ返さないやつはサイコなんじゃないかと思っていたのに、自分がそうなってしまった。情けない。

一日150件来るメルマガでさえ一日消せなくなってしまった。

いまは何とか一日かけて消している。

 

あふれ出て、文章にしたくてしたくてたまらなくて立ち上げたブログは、1か月更新しなくなってしまった。ツイートの下書きはいっぱいで、いつもなにか文にして表現したかったのに、最近はめっきり自分の感情を表現したくない。というより、表現する方法を忘れてしまったみたいだ。

何をこんなにおびえていて、焦って、と思う。

今も久しぶりに自分の感情を文章にしていたらキーボードを打つ手が震える。

 

最近は音楽も映画も本も全部そわそわしてしまって、何も楽しめない。何をやって一日がおわるのか、思い出せない。

 

毎日つけていた日記は書けなくなってきた。毎日なにかしらしているのに。こんなにつかれているのになんかした?って思い出せない。

 

別に何かがうまくいっていないといえば、就活が嫌以外にないけど、なんだか自己否定がいつも以上に止まらない。

他人の悪口をいう何倍も自分に悪口を言い続けてきたが、耐えられなくなっている。

文章ってどうやって書いていたのか?人と話すときにどうやって話せばいいんだ?わたしのことを知らない大人に、どうやってわかってもらうんだっけ?全てわからない。

 

いまもESが書けなくて、というより、見下していた普通の大学生より結局のところ劣っているんだという事実、自分の傲慢さが許せなくて、どうしようもない。

とにかくつらい。誰かしらに認めてもらいたいというのは汚い感情なのか?

 

どうしてしまったんだろう。自分はこんな余裕がなかったのだろうか?

 

これまで何タスクもこなせてきたのに、この春休み、何が達成できたんだ?

 

エントリーシートを早く描き切らなければならない。

 

自分を表現していくには、こんない下からいかなきゃいけないなんて。

 

namlyma

 

 

0→1

 

 

昨日は祖母の死について記した。

祖母の死に際し、久しぶりに地元に帰り、地元の真冬を体感し、こんなにしんどかったっけ、と再確認させられる。

 

お葬式には自分の知らない人たちが、祖母という繋がりで沢山いた。みな親戚であったり親しかった人たちではあったが、わたし個人としてははじめて会う他人に等しい。

 

個人でいる、ということに慣れすぎてしまっていたわたしは、久しぶりに家族の○○、という役職におさまることをした。

都会では、というより、上京している学生として、働いているとき以外は所属で認識されることが少ない。バイトも単発でしてるわたしは、尚の事わたしという個人でしか生活していなかった。

 

田舎ではそうもいかない。○○の家族で、孫で、娘で、長女で、東京にでて○○大学にかよう人間Aとしか認識されない。

これは田舎というより、久しぶりに近所づきあいをしたということもあってだと思う。

 

正直なところ、わたしがわたしである意味とはという、人類がずっと考えて答えを出せなかったところを考えてしまった。

みんなそこを受け入れて、生きているんだと思う。

女は働いてもいいけど家庭にはいり母となり支えなければならないという一通の世代もまだ全然存在するし、同世代でもそれを考える人は男女ともにすごく多いことも知っている。

難しい。自分もそれを理想とすることもわかるし、それを理想としていたこともあるからだ。

 

なんだか難しい。

 

受け入れることを見下してなんかいない。それをわかっていて生きている人たちはそれはそれで本当に美しい。わたしには素直にできない。どっちの立場にも立てない。それが空しいのだ。

 

昨日東京に1週間ぶりにかえり、東京を歩く。やっぱり楽だった。でもこれはすこし甘えだということも知っている。

 

東京に帰って、リセットしてしまった気持ちや習慣、仕事を全て再開しなければならないと思っていた。

コンビニで甘いものを買って、渋谷に向かう。

早めに学校に行って、ため込んでいた仕事をやり終え、これからのことを整理し、報告し、やらねばならない作業に着手し、予定を確認した。

研究会にもちゃんと行きお土産をわたし、挨拶をしたあとしっかりと作業をした。

終わった後は研究会の人たちと飲んで、帰ろうとしていたところにちょうどよく友達と出会い、終電まで飲んだ。

 

今日はたくさん詰まっていた。

やることに向き合って一つ一つ整理するとやっぱりちゃんと見えてくる。

 

嫌なことも忘れていく。あの時の怒り、悲しみは自分の作業や楽しいことに呑み込まれていく。怖いのは、作業によって怒りや悲しみが増長されてしまうことだ。

そのコントロールが今後の課題なのだと思う。

 

最近0→1ができない自分を少し認めて素直になることができた。

1→100はできると思っていたから。

でも意見をもとめられることはやっぱり苦手だ。他人を前にして自分の意見を言うことに完全になれていないから。

変な話、それでもいいとおもっていた。

でもやっぱり駄目だった。研究会でいつも自己嫌悪に陥る。

自分はここにいる意味があるのだろうかと思う。

意味なんてとおもうが爪痕くらいは残したい。自分をもっと苦しめて、強くなって対峙したい。その気持ちはあるのに追いつかないから。

今後必要なのは、恐れない心と発想力だ。

他人をあたたかくみとめ、やさしくなれば恐れなくなると思う。

わたしは少し他人に厳し過ぎると思う。それがゆえに自分が何も言えなくなってしまう。

自分の発言や態度によって、自分の首を絞めていることに、ちゃんと気付いたのだ。

 

これだけでも、今日は励みにしたい。

甘ったれていてはいけない。この年は、0→1を目指したい。

最近やっと、悔しいと思うようになった。悔しいということはエネルギーになりうる。

 

いろいろ相変わらず併行しているが、全力を尽くす。キャパは常にギリギリだけど。

 

namlyman

 

 

別離

 

 

久しぶりにPCをひらく。

一週間前、朝に地元の祖母の訃報を聞いた。

母はわたしに気を遣って一日おいて報告してくれたがあまり意味があったと思えない。

 

何故なら、覚悟をしていたから、聞いてもそこまで驚かなかったからだ。

とはいえ、やはり少しは動揺する。急いで帰省できるように整え、でもおなかもすいていて、なんだか急いでいた割に無駄な動きが多かったように思う。

結局バスも間に合わず、電車の中で次の便を予約した。

 

バスの中もいまいち実感がわかないまま、どうしたらいいかわからない気持ちでいた。

 

人生で一番イギーポップが沁みた。意味が分からないが、感覚的には不自然なことではないんじゃないかと思う。

 

地元につき、母と妹が迎えに来ていたが、二人ともやっぱりいつも通りで、身内がひとり死んだようには思えなかった。

 

祖母の家につくとあったことのない親戚、遠い昔に祖父の葬式であったのみの人たちが沢山いた。

挨拶を軽く済ませ、祖母を見に行く。

衝撃だった。祖母がこんなにきれいだったなんて、知らなかったのだ。

 

死に顔にしてはあまりにもきれいで、本当に眠っているだけに見えたし、あまりに安らかだった。

 

祖母の姿を見れば実感がわくもんだとおもっていたのに、これでは全く実感がわかない。

目の前にいるのはもう一人の祖母で、実は祖母は生きていて、どこからか出てきて死んじゃったねえなんて話しかけてきてもおかしくないと思っていた。

父から深夜に洗濯を済ませ、寝ようとするところに心筋梗塞になってあっという間に逝ってしまったと聞いた。顎のあたりに強打した傷があった。

 

白く、21のわたしよりもつやがあるその肌には、その傷は目立ちすぎていた。

一瞬混乱のまま涙が出そうになるが、いたって日常のような心持だった。

 

忌引きの連絡をいくつかとり、そのうちの全てから、想像していた以上の心配の声を貰った。実感がないから悲しみもわからない。

そんな言葉をかけられても、正直仕事に穴をあけた責任感のほうが全然あるのだ。

 

親戚や知り合いが祖母にあいさつにくる。

そこで、わたしの知っている祖母は、ほんの一面でしかなかったことに改めて気付かされた。

知らないエピソードがおおすぎるのだ。

なおのこと、祖母とは誰だったのか、おばあちゃん子を自負していたし、子供のころは共働きの両親であったこともあり、祖母の家に自宅よりもいた。

 

なんだか変な気持ちだった。食欲もあるし、なんなら最近の忙しさにげんなりしていたから、思いっきりすべてをストップしてしまい、回復もしていた。

禁煙状態だった。お酒も飲んでいなかった。

祖母はタイミングよく逝ったのかなと思うくらいだった。ちょうど先週までがゆっくりできる最後の期間だったから。

祖母が棺桶に入るとさすがにだんだんとこの肉体はただの物質なんだと思い知らされ、涙が出た。死の認識は、死の儀式によってやっと認識させられたのだ。

 

祖母の葬式・通夜には、多くの人が来た。喪主である父の長女、所謂一番目の孫であったから、結構前で過ごしていた。

祖母は、雑で、快活に笑い、ちょっとケチで、やさしかったが、愛情表現の差が露骨にわかる祖母だった。わたしは一番祖母が呆ける前に一緒にいたから、全て優遇されていたが、妹とはだいぶ格差があった。妹との件で父が祖母に何度か怒鳴り、妹と祖母はいつしか確執が生まれていた。わたしは黙っていることしかできなかった。いや、しなかった。それに甘んじていたから。

しかし、祖母の死に無関心にみえていた妹も、ぽつり、おばあちゃんはわかめのごはんが大好きだったといった。

わたしは祖母がわかめのおにぎりをよく作り、ふるまってくれていたことをそこで初めて思い出したのだ。

偶然化粧品を掘り起こし、死に化粧をしてもらった祖母は、赤みがまし、より一層寝ているようだった。

死の儀式は、死を認識させるものでもあるが、死によって集まってきた人たちと、死した人を立体化し、再度記憶に刻み、忘れないようにしていくための儀式でもある。

生死は対偶をとるということは、前期さんざん作品のなかでやって来たが、お坊さんの話にも出てきて、微笑んでしまった。

 

生を知るには死を知らなければならない。それを行うのが葬式であると思う。

 

葬式が全て滞りなく終わり、祖母は灰となり、祖母の部屋には祭壇ができていた。

なんだか変な話だが、まだ祖母は死んでいない気がするのだ。

祖母の遺品を整理しながら、かわいい服、鞄、アクセサリーはすべて形見としてもらった。

鞄はいつも祖母が持っていたものだった。お葬式はそのかばんで挑んだ。

喪服ももらった。

 

わたしはだれよりも祖母を外側から忘れない、忘れたくないと思って、たくさんもらった。

こんなんじゃ、生きているときにあげてやればよかったねえ、と母は祭壇に向かっていう。わたしも、なんでこんなにいっぱいあんだよ、と一人ごちた。

 

祖母が生きている間、最後に会ったのは、9月末。祖母が入院したときだ。

今年の正月は切羽詰まっていて帰らなかった。

なんとなくさいごなのかと9月は思っていたが、その後母から回復がすごくて元気と聞いていたから、会えるもんだと思っていた。

やはり人は突然死ぬ。覚悟していたと思っていても、想像の何倍も混乱し、その人との記憶は少ししかないし、嫌なこともあったはずなのに、思い出はもうすでにきれいに脚色されている。

 

お寺に向かうバスで、花を持ちながら祖母の姿を町に当てはめる。まださまよっていそうだ。

祖母とよくいったコンビニのようなところはとっくにつぶれ、周りは少しずつ変化している。もう確実に、記憶していくことしかできないのだ。

会いたい、話したいとおもってももういない、その事実は、紅茶のティーパックをいれたてのお湯みたいにまだなじまない。

おかしな話だ。

 

最後に。わたしは祖母と祖父に、成人式まで生きていてね、と小さいころからなぜか告げていた。

祖父はそんなことを言わずに12年前に亡くなったが、祖母は、本当に成人式をちゃんと見てくれた。

わたしの振袖姿をみて、きれいじゃんと言ってくれた。

その時の写真が祖母の遺影になった。

もっときれいな祖母はあったはずだけど、写真の祖母は記憶の中で最後の元気な祖母だ。

ありがとう。本当に成人式まで生きててくれて。そして、おばあちゃんはにくいところはたくさんあったけど、愛情もたくさんくれた。祖母の大きな笑い声にどれだけ救われたかわからない。

あのよでおじいちゃんとはやく再会して、幸せであってほしい。おじいちゃんがいなかった12年、よく頑張った。

 

あと、化粧道具をいれるのを忘れてごめんね。死に化粧で許してくれるかな。おばあちゃん、きれいだったよ。

またいつか、再会しましょう。笑って会いたいな。

それまでたまには見守ってね。

 

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namlyman

 

 

 

 

ここ数日、自分からでる毒素が多すぎて、出す毒素にまた浸食されるという本末転倒な事態が起こっている。なにをしているんだろう。

 

これまで自分のなかで自己処理できていたものが、だんだんする前に人に話してしまったりして、自己嫌悪、自己嫌悪。

なんだかバカみたい。話さなければいいとおもうのに、話してしまう。

そこまで言わなくていいものを言ってしまう。悲しいなあ。いつも一人になったとき、死ぬほど後悔するのにやめられない。

こうやって他人を否定することで自分を作り上げていくから自己嫌悪も止まらない。

自己嫌悪と同時に自己愛もすごいけど。

 

わたしはいつもしっかりしないと、と勝手に思って生きて来た。

なんでこんなにしっかりしなきゃいけないのかわからずに。でも、実際しっかりしなきゃと思うぶん、全然しっかりしていない。

いましっかりして見えるのはわたしが21年間しっかりとはなにかをみつめてきて実践しているだけ。バカ真面目にやってきたらなにがなんだかわからなくなった。

 

なんだかバカみたいだけど。

 

 

そして、いつも予定だらけになっているのも、さそいを断れないという幸運な不幸(山月記みたい)にさいなまれ、流れるように忙しくなる。

全てタイミングよく、今はこれ、今はこれ、と打ち込むもの一本終わると違うものが始まるのだ。

間があると思っていてもその間にも何か入ってきて、変な感じだ。

ものすごくありがたい話だし、全部違うことを今までやっていることも驚きだが、そのせいでいつ解放されるんだろうと思う。つらいけど、楽しい毎日は、すごくいいものだけど、ぼんやり過ごせるのは今しかない気もする。

 

毎日休みなく毎日ハードに過ごしていたらバカみたいにつかれたから考えてみた。

 

なにも手を抜かずにやるのは難しい。全部根気で乗り越えようとするのは、いいときもあるけど悪いときもある。だいたいわたしは切羽詰まると人にたいして毒素を出してしまう。だからちょっとゆったりしたい。春休みは言葉じゃなくて何かに夢中になって癒すことで溶かしていきたい。

春休みにしかできないこともたくさんある。

 

対人関係も沢山ある。面倒なことを考えるのも、さみしいと思い続けるのももうやめた。少し強くなって、自立していきたい。今とは違うように。

 

今日はライブに行く。楽しもう。

 

namlyman